体罰ニュースのその後

前に書いた体罰の件
その後、H市長が色々やったり、マスコミの反応も「少しだけ」変わってきた。
でも内容は「体罰ではなく『公開処刑』だ」「行き過ぎた指導であり所謂体罰とは違う」と云ったもの。

体育推薦を廃止するとか桜宮高校の先生を総入れ替えするとか、ちょっとピンボケの話も出ている。

先生総入れ替えは出来るなら良いことだが、まだ小手先の対策だ。
社会全体のシステムというか考え方をひっくり返さないと無意味だ。

スポーツが人間形成に重要な役割を持っていることに殆どの人は依存ないはず。
負けるよりは勝った方が気持ちいいのも人間共通。
向上心を持つことはいいこと。
ここまでは良い。ここからが問題でしょう。

勝つ=気持ち良いことを達成するために、どこまでやって良いか?が議論されない。

アメリカは云わずと知れたスポーツ大国。
でも私の知る限り学校で「日本のように」一生懸命スポーツはしていない。
「勝つことよりも大事なものがある」ことを皆が判っているから。
皆とは生徒も、先生も、家族も、地域も・・・ってこと。

裁判の国、個人主義の国だから体罰はゼロとは言わないまでも少ないはず。
じゃぁ何故アメリカはスポーツ大国が成立するのか?
中途半端なことはしないからです。(多分。。。)
一流は一流として、二流は二流として育てるシステムがある。
一番になりたい奴はその路線に乗らないとまずNG。
ここが日本と違うとこ。
日本では高校ならどの高校でもスポーツはそこそこ上手い。その中で競わせる。
変に競わせるから「オイラも一番になりたい、成れるかも・・・」という心が芽生える。この心は確かに美しいが、非常に危険な側面を備えている という事に気付く人が少ない。

なんだかなぁ・・・って感じ。

本気で体罰無くしたいなら「甲子園大会」「インターハイ」「春高バレー」etc.
なくせば良いんです。県大会かせめて地区大会まで。
これでスポーツで鍛えれる心までなくなるとは思えない。

変わりにアメリカのように「大学スポーツ」に力を注ぐべき。
中学、高校で熱くなり過ぎるのが日本の悪いところだと思うがなぁ。。。

今日はここまで。